いつか居なくなるかもしれないような危惧を抱いていた…最初から。
つまらない喧嘩の後、お前のしょうもない悪戯の後。
一人になると、ふと確かめたくなる。
「お前はちゃんとここに居るのか…?」
ずっとここにいるのか?
最初はただ鬱陶しいと思った。その反面、放って置けなかった。
「…真琴」
俺は存在を確認することが出来なくて、いつもそのままにして日常に戻る。
それでも。それでも危惧は消えることなんてなくて。
ただ、それが現実に起こらないよういつの間にか願っている自分がいる。
気が付くたびに恥ずかしい様な、情けない様な気持ちになる。
だけど、それは本音だから。
ただ悔やむのは、それが本音だって事にあの時まで気づけなかった事。
「真琴…お前は幸せだったか?」
今はもう、泣くのも恥ずかしくはない。
ただ、この悲しみをもっと暖かなものに変えたい。真琴との想い出があんなにも暖かかった様に。

風呂に乱入しようとした俺に怒った真琴。
肉まんが大好きだった真琴。
漫画に読みふけっていた真琴。
馬鹿で可愛らしい悪戯ばかり仕掛けていた真琴。
いきなり街中で俺に攻撃をしてきた真琴。

夕焼けの暖かさを感じた、もう触れることは出来ない、細くふんわりとした髪も。
子供のようなはしゃぎ声で文句を言った事も全部、それは想い出で。
未来にはなり得ない現実に、涙が止まらなくて。
「真琴……幸せか?」
答える者のない夕焼けの空が、あまりに暖かくて、悲しくて嗚咽を繰り返すばかりで。
「強くなりたいよ。お前を悲しい思い出じゃなくて、大切な一部にできるくらい強くなりたい」
それはとても苦しい事だって、実感してる。誰よりも何よりも大切な者を失う痛み。
もっと触れていたかった。抱きしめたかった。ずっとずっと側に居て欲しかった。
「俺は…お前を幸せにしたかった。誰より…誰よりも」
失う前から危惧を抱いていたのに、何もできなかった。何もしなかった。
こんなに押しつぶされそうでも、もう帰ってこない。二度と。帰ってこない。
「真琴…っ」
自分の体をかき抱いても、ここにお前はもう居ない…。
「祐一…」
開け放っていたドアから少し顔を覗かせた名雪が遠慮がちに不安な微笑みを湛えながら近づいて来る。時計に目をやるともう6時を過ぎていた。
「…何だ、もう夕飯の時間か。悪いな、名雪。呼びに来させて」
涙を隠すことはしなかった。悲しいときに泣くことは恥ずかしいことじゃないと、言ってくれたのは名雪だったから。
「ううん…。祐一、大丈夫?私にできることあったらちゃんと言ってね…我慢は体によくないから」
「大丈夫。俺は強くなるって決めたから。ちゃんと自分で自分の気持ちにケリをつけるって決めたから」
「うん」
困ったような、くすぐったいような笑顔で名雪が頷く。
「有り難う、名雪」

感謝している。名雪にも秋子さんにも。
真琴の事を理解してくれて、俺のことを気遣ってくれて本当に有り難いと思う。
「て、照れるよ〜」
少し顔を赤らめた名雪。瞬間、真琴の笑顔と重なって酷くやるせないような気持ちになってまた、涙が溢れた。
「祐一?」
「何でもない。大丈夫だから」
服の袖で涙を拭っても、したたり落ちる雫は止まらないことはわかっていた。
でも、何度も拭う。そうしないと崩れ落ちそうで怖かった。もう二度と立ち直れないような気がした。
悲しい思いに捕らわれてしまうような、そんな気がしたんだ。
「さあ、メシ食おう。今日は何だろうな?」
切なくて、やるせなくて、悲しくても笑うことを忘れたくない。
真琴が俺に微笑んでくれたように。強く、いられるように。
「今日はね、ハンバーグだよ」
寂しそうな名雪の笑顔を昔の笑顔に変えたい。
原因が自分なのが良くわかっているから、余計に。
「よーし、たくさん食うぞー」
空元気を振り回すように、ドアを閉めて下に向かう。
「真琴…俺、頑張るから。お前を忘れないように。なくさないように。ずっと大切にするから」
階段の途中、一度振り向いて優しく紡いだ言葉の後に、小さな鈴の音が聞こえたような気がした。
それが真琴からの返事なのか、外にいる飼い猫の首輪の鈴の音なのかはわからないけど。
俺は、心から微笑む。
ちゃんと、前に進めるように。
お前を愛し続ける事ができるように。



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